「コーチ(Coach)」という言葉の起源は15世紀に遡ります。当時ハンガリーのブダペストの西に「Kosc(コチ)」と呼ばれる町があり、この町の馬車職人が当時としては画期的なサスペンション付きの4輪馬車を世界で初めて考案、製造したことで有名になりました。作られたこの乗り物は「kocsi szekér コチの馬車」と呼ばれ、後に「kosci」というだけで馬車を指すようになりました。

次の世紀になるとkosciはますます評判となり、ヨーロッパ中で模倣されるようになりました。ドイツでは”kutsche”、フランスでは”coche”、英語では”coach”といった言葉になり、多くの言語に影響を与えました。そして、馬車が人や物を目的地へ運ぶという「コーチ」という言葉自体も、「大切な人や物をその人の望むところまで運ぶ」という意味を持つようになっていきました。

その後「コーチ」という言葉は、個人や組織の目標達成をサポートする概念や存在として、敎育、スポーツ、企業でのマネジメントなど様々な分野で発展を遂げていきます。一例として、元プロのテニスプレイヤーでコーチでもあったティモシー・ガルウェイによる著書「インナーゲーム」(1974年)は、コーチは人に教えるのではなく、その人本来の能力を引き出すことができるとした、いわば現在のコーチング、コーチの基礎となる考え方がまとめられており非常に面白いです。

日本では、コーチ・エィ(当時コーチ・トゥエンティワン )が1997年に国内初のコーチング学習プログラムの提供を開始、これをきっかけとしてビジネス分野やスポーツ、敎育、士業、看護医療、子育てなど様々な分野で広まり、それぞれの分野で独自に活用、展開されるようになってきました。数字で見ても、2015年には約50億円の市場規模でしたが、2019年には約300億円へと成長しており、約4年間で規模が6倍に拡大しています(ちなみに、コーチングの本場アメリカの市場規模は全世界のコーチング業界のうち45.5%のシェアで、2021年時点で約1兆2,700億円です)。

コーチングが注目を浴び、市場規模を伸ばしている背景には、今の時代のニーズとの親和性があります。価値観が多様化し、人生設計や人間関係、自己表現など様々な場面で一つの正解に従って進めばよいという考え方は薄れてきました。ビジネスにおいても以前のやり方が必ずしも通用するわけではなく、世代間の考え方や価値観の差異は以前より大きくなっています。逆に自由度が高まっているとも言えますが、選択肢が増えれば増えるほど迷いも生まれます。

コーチングは、それに対して自分は本当はどんな人間で、何を大事にし、誰に対してどんな行動をとれるようになりたいかなど、自分の中にある軸を明確にし、これから何を目指していきたいかを具体化するコミュニケーションの手法です。自分なりの正解を見つけたい思いと、一人一人の特性や状況に合わせてゴールに進んでいくコーチングの本質が合致しているのだと思います。

またこうしたコーチングの手法は、全世界のコーチの情報発信や研究、リサーチによってさらに体系化され、その知見が集積していきます。元々のコーチの語源、Koscの馬車が世界に広まり輸送業界の発展を後押していったように、コーチングの手法もさらに発展を遂げ、進化し続けていくのだと思います。